はじめまして。代表講師の養父 鉄と申します。今回、当塾の指導者という立場で新たなる第一歩を踏み出すにあたり、野球の技術だけではなく、メジャーリーガー等との生活、5カ国での経験、ベースボールと野球の考え方の違いを、次世代の野球少年達に伝えられれば幸いです。
開校にあたりROOTS(ルーツ)と言う名前を付けたのか、お話させて頂きます。
日本、アメリカ、台湾、メキシコ、ベネズエラでの野球のルーツをたどってきて、感じたことを子供たちに話して、お子様の成長に少しでもプラスになる事があれば幸いです。
私は野球が大好きです。
I LOVE BASEBALL 子供たちに伝わるように心がけて接していければと思います。
夢はプロ野球選手と思っている子供たちや、社会に出て運動がてら野球をやってみようという成人の方々のサポーターとして、お手伝いさせていただきたく思っております。
ルーツを立ち上げて早くも3期目に突入いたします。
第2期では新しい取り組みとして、2011年8月にメジャーリーグトライアウトをアメリカのフロリダ州にてメジャー球団のスカウトをルーツ生徒の為だけにトライアウトを行いました。メジャー球団6球団を呼びテストを行う事が出来ました。結果はいまひとつスピードが足りなかった事とまだ年齢が若かった事もありもう一度体を作る事となりましたが、ルーツの生徒もアメリカの野球、アメリカでの生活を3週間という短い期間でしたがとても良い経験ができた事と思います。アメリカの元メジャーリーガーとの生活やトレーニング、食事など生活環境の違いに戸惑う事も多かったと思いますがもう一度チャレンジしてくれると信じています。
ルーツの生徒たちの中には小学校1年生から中学校3年生までと現在大学生でアメリカの野球を目指す生徒まで様々な生徒がルーツに通うようになりました。
私が考える野球はコーチに言われた事だけをやるような選手は作りたくない。自分から何をしなくてはいけないのか?自分で行動する事が出来る選手になるように指導する事を心掛けて子供たちに接しています。
・小学校1年生から3年生までは野球は楽しいものと考えさせるような練習を目指しています。
・小学校3年生から6年生でははっきりと良いものは良い、悪いものは悪いとしてはっきりとさせています。
この時期の生徒の中には徐々に両親に反発してくる子供も出てきますが、毎日毎日の刷り込み作業がある日突然変化する姿は本当にたくましく思います。
・中学生になると真剣になる子供もいれば悪さばっかりする子もいますが、自分もその年齢の時は遊びたいし、好奇心が強い子も中にはいますが野球できる環境はいつも作っています。
私がルーツを発足するときにまず先に考えた事は、ADHD(注意欠陥・多動性)ADD(不注意優勢型)アスペルガーの子供の事です。非常に多くの子供がいるにも関わらず、野球というスポーツの分野で指導者が理解して無い事がそもそも子供たちを追い込む結果になっているのです。アスペルガーの子供に怒鳴っても良い結果は絶対に得られないのです。診断はしていませんが私は妻に、あなたはADHDだからねと言われます。スポーツの分野では非常にこの分野の関心が日本国内ではまだまだ発展途上です。私はスクールを立ち上げる際にこの分野での日本国内の認知度の低さに非常に考えさせられました。京都まで出向き「おにつか るみ先生」に会いに行き、実際にこの分野の先生にお会いする事で子供たちにどのように接する事が良いのか勉強しました。
野球の指導は野球の専門の方が教える事がほとんどですが、私はこの分野のの重要性を感じています。
ルーツには登校拒否で学校に通う事が出来ない子も通っています。体を動かす事で、子供に変化が起き、学校に行く事が出来るようになった子供も出てきました。
非常に嬉しい事です。
アメリカ人の友達にこの分野の話をした所、僕の友達にもいるよと簡単に言われて本当に驚きました。色々な子供がいて当然ですよね。
ルーツでは日々進歩しより良いスクールを目指していきます。
色々な環境下で各チームに帰って試合をして結果を出してくれた時には本当に野球スクールを作って良かったと思える瞬間です。
子供の成長はもちろんですが、お父様、お母様達とお話しさせていただく事により、涙を流してお話してくださるお母様も少なくありません。子供達の日頃の生活や野球チームでの事、進路の相談や自宅での練習など、ルーツを通じて少しでもお力になれれば幸いです。
現在、野球スクールは数多くありますがルーツに通って本当に良かったと感じて頂けるようにいつも肝に銘じルーツのコーチ達にも日頃から指導させて頂いております。
ルーツがこの様に少しずつですが進化できているのは、ルーツの生徒達、皆様方の支えがあってのものです。感謝しております。
今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。
ROOTS BASEBALL ACADEMY代表 養父 鉄
【出身】
昭和48年6月、神奈川県鎌倉市にて生まれる。7歳より逗子リトルリーグにて野球を始める。
【出身高校】
帝京第三高校(山梨県)
山梨選抜チームでアメリカ遠征にて大学生を相手に7イニング、14奪三振を経験。
【出身大学】
亜細亜大学(東都大学リーグ)
【社会人】
日産自動車硬式野球部、日産自動車野球部時代にスポニチ大会優勝、都市対抗優勝を経験
【2001年】
台湾リーグ兄弟エレファンツ入団。月間MVP3回、台湾シリーズMVP2勝2セーブ・ゴールデングローブ賞受賞・奪三振王・1試合16奪三振(台湾リーグ記録)。年間防御率2.21。
【2002年】
福岡ダイエーホークス入団。(ドラフト6位) 同期:寺原隼人・杉内俊哉
【2003年~2005年】
シカゴホワイトソックス3A入団。3A時代ノーヒットノーランを達成。その後世界5カ国にて投手として活躍。
【2003年~2005年】
(ウインターリーグ)
2003年 ベネズエラ パストーラ(チームメートには現ソフトバンク・アレックス・カブレラ、現横浜DeNAベイスターズ・サラサー内野手などが所属)
2004年 メキシコ アルゴルド・ネロス・デ・ワサベ 開幕投手を経験
2005年 ベネズエラ パストーラ 開幕投手を経験
【2005年】
アメリカ・独立リーグ・ニューアーク・ベアーズ
【2006年】
台湾リーグ兄弟エレファンツ 開幕投手
【2007年】
アメリカにてトライアウトを受けるが契約ならず。現役引退
私は、アメリカ3A所属時代にドーピング規定違反によりチームを離れるという事実がありました。私の人生で一番悔いの残る事実でした。
誤解のないようにドーピングについてのお話をさせて頂きます。
当時、言葉の違い、文化の違い、食生活に慣れる前に、プロテインを摂取してトレーニングをしていた所、プロテインの中に、禁止成分が含まれており、検査により、禁止成分が検出されたというのが事実です。
皆様の中には言い訳のように思われる方もおられるかもしれませんが、私の方からあえて説明させていただきました。
当塾開校にあたりヒロタバッティングセンター廣田社長とご縁があり大変良くして頂き、開校する事が出来ました。施設を自分の手で作っていく過程を通して、野球とは違う大変さも経験できました。
当初自分ですべてをやるつもりでしたが、知人友人達の助けがあり、このような施設を完成させる事が出来ました。
ありがとうございました。
【 お問合せ 】 |
Roots事務局 |
【 場所 】 |
神奈川県藤沢市下土棚310 |
【 募集クラス 】 |
小学生低学年クラス |
It's unbelievable how much you don't know about the game you've been playing all your life.
実力の差は努力の差
実績の差は責任感の差
人格の差は苦労の差
判断力の差は情報の差
真剣だと知恵が出る
中途半端だと愚痴が出る
いい加減だと言い訳ばかり
本気でするから
大抵の事はできる
本気でするから
何でも面白い
本気でしているから
誰かが助けてくれる
言い訳をする選手は
向上しない
いつも素直に練習に
取り組む事